― 運転免許証返納に思う ―
中村 眞 (会計監事)
私は、来る10月28日に77歳の誕生日を迎えます。年齢を重ねるにつれ、日々の暮らしの中で「安全」や「安心」について、より深く考えるようになりました。特に、高齢者が関わる交通事故のニュースを見るたびに、胸が痛みます。事故の加害者も被害者も、誰もが不幸になる。そんな現実を、損害保険の仕事に約48年間携わってきた私は、数えきれないほど目にしてきました。
令和5年の統計によると、85歳以上の運転者による交通死亡事故の件数は他の年齢層に比べて減少率が小さく、免許人口10万人当たりの事故件数は全年齢層の約3.4倍に達しています。また、高速道路での逆走事故のうち、65歳以上の運転者が関与する割合は54.2%と、半数を超えています[1]。こうした事故の背景には、加齢による認知機能や判断力の低下があるとされ、ブレーキとアクセルの踏み間違いや進路変更の誤りなどが多く見られます。運転に自信があっても、事故のリスクは確実に高まるのです。
私は、2023年11月、住まいの所轄警察署に出向き、運転免許証を更新せず返納いたしました。まだ運転には自信がありましたが、事故の加害者になる可能性をゼロにするための決断でした。免許証を返納したことで、自ら交通事故を起こすリスクはなくなりました。これで家内も安心したようです。いわゆる“女房孝行”というものでしょうか(笑)。
もちろん、車を運転していた頃と比べると、買い物などの日常生活に不便を感じることも多くなりました。特に、重い荷物を持っての移動や、天候の悪い日の外出は、以前よりもずっと大変です。また、遠方の友人を訪ねるにも、電車やバスを乗り継ぐ必要があり、かなりの時間を要します。それでも、歩く機会が増えたことで、体力の維持や健康寿命の延伸につながっていると前向きに捉えています。
私の住む地域は、比較的交通の便が良い方ですが、全国にはそうでない地域も数多くあります。特に、農山村では公共交通機関の減少が進み、バス路線の廃止や運転士不足により、買い物や通院すら困難な地域も少なくありません。こうした地域にお住まいの高齢者にとって、免許証の返納は生活に大きな影響を及ぼす可能性があります。免許を返納したくても、代わりの移動手段がなければ、日常生活そのものが成り立たなくなってしまうのです。
免許返納を促進するには、代替となる移動手段の整備が不可欠です。近年では、オンデマンド型乗合タクシーや、地域密着型の移動支援サービスなど、柔軟で持続可能な交通インフラの導入が各地で試みられています。こうした取り組みが、より多くの地域で実現されることを強く望みます。
行政には、地域の実情に即した交通政策を立案し、住民が安心して暮らせる環境づくりをお願いしたいと思います。免許返納が「不便」ではなく「安心」につながる社会の実現を、心より願っております。高齢者が安心して移動できる仕組みが整えば、家族も地域も、より穏やかで安全な暮らしを送ることができるはずです。
私自身、免許を返納したことで、改めて「歩くことの大切さ」や「人と助け合うことのありがたさ」を実感しています。これからも、地域の一員として、できることを少しずつ続けていきたいと思います。そして、同じような立場にある方々が、安心して免許返納を選べるような社会づくりに、微力ながら貢献できれば幸いです。
参考文献
『高齢者の自動車運転に関する報告書』 発行:日本老年学会 :2024年4月1日