この10月11日、横浜・桜木町の県民共済プラザビルにて「横浜東北6県人会」の総会と懇親会を開催いたしました。東北6県の県人会が持ち回りで幹事を務め、ほぼ毎年一度集まりを続けており、一昨年には100周年を迎えることができました。今年は、私たち福島県人会が当番県を務めました。
この会のきっかけは、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災です。震源地は神奈川県西部で、相模湾沿岸などが激しい揺れに見舞われました。横浜港で働いていた東北出身者も例外ではなく、被災しました。そんな中、故郷である東北地方から救援物資としてお米などが横浜に届けられ、それらは東北出身者同士で分け合ったと伝えられています。その際、各県人がそれぞれ県人会を立ち上げるとともに、横浜の地で東北6県人会の交流が始まりました。
「故郷を偲(しの)びて 語らん輩(ともがら)を 誘いてはじめし先達の 意思引き継ぎて幾星霜 幾多の試練乗り越えて 集い重ねし道のりは 数えてここに百周年 限りなく集いは続く果てしなく 永久に栄えん 同胞(はらから)の集い」 -荘野冨美男作:「東北6県人会百周年記念詩」 (令和5年、横浜秋田県人会・東北6県人会総会冊子より)
この荘野冨美男さんの詩には、東北6県人会の歩みが余すことなく語られています。私自身は、昭和39年に井沢八郎さんが歌った「ああ上野駅」(作詞:関口義明、作曲:荒井英一)が、東北6県人会の心の原点ではないかと、時折思うことがあります。
しかしながら、“遠くにありて思うもの”であった故郷は、インターネットや新幹線の普及により、今ではずいぶん近く感じられるようになりました。趣味や健康維持を目的とした会も増え、県人会を取り巻く環境は大きく変化しています。加えて高齢化やコロナ禍の影響もあり、世代交代を進めているところですが、運営は決して容易ではありません。だからこそ、「県人会に少しでも興味を持ってくださる方には、ぜひ一度参加していただきたい」と、常々願っております。
昨年、横浜福島県人会が創立100周年記念総会を開催した際、来賓としてお越しいただいた東京福島県人会の方から「東北6県が一緒に活動しているのは珍しく、非常にユニークですね」とのお言葉をいただきました。
かつてのような賑わいを取り戻すのは難しいかもしれませんが、これからも横浜の地で東北の県人会同士の交流を続けていきたいという思いは、私たちの間でしっかりと共有されています。現在、6県人会の会長会では、今後どのような形で交流を続けていくのがよいか、話し合いを重ねているところです。
(横浜福島県人会 会長 堀 雅宏)